「相撲っていつから始まったの?」「なぜ日本の国技と呼ばれるの?」そんな疑問を持ったことはありませんか?実は相撲の歴史は約1500年以上にわたり、神話の時代から現代まで連綿と続く日本最古のスポーツのひとつです。この記事では、古事記・日本書紀に登場する神話の力比べから、江戸時代の興行、明治時代の国技化、そして現代の年6場所制まで、相撲の歴史をわかりやすく時代順に解説します。
【結論】相撲は約1500年以上前から存在する

結論からお伝えすると、相撲の起源は少なくとも約1500年以上前の古墳時代にまでさかのぼります。
考古学的な物証として、古墳時代(4〜6世紀ごろ)の遺跡から力士をかたどった埴輪が出土しており、当時すでに相撲に似た格闘が行われていたことが確認されています。
また、文献上の記録としては712年に成立した『古事記』、720年成立の『日本書紀』にも力比べの神話や伝説が記されており、相撲の原型は神話の世界にまで及びます。
①神話・考古学が示す起源:古墳時代(約1500年前〜)
相撲の最も古い物証は、古墳時代(おおよそ4〜6世紀)の遺跡から発見された力士埴輪です。
埴輪とは古墳の周囲に並べられた素焼きの焼き物で、力士の格闘姿勢をかたどったものが複数確認されています。
神話・文献的な証拠としては、712年の『古事記』に登場する建御雷神(タケミカヅチ)と建御名方神(タケミナカタ)の力比べ、そして日本書紀に記された野見宿禰(ノミノスクネ)と当麻蹶速(タイマノケハヤ)の天覧相撲伝説が挙げられます。
これらの記録から、少なくとも古墳時代にはすでに相撲に相当する格闘の文化が存在していたと考えられています。

②興行としての大相撲:江戸時代(約340年前〜)
現在の「大相撲」の原型となる興行(勧進相撲)が本格的に始まったのは、江戸時代(17世紀後半〜18世紀)のことです。
それまで神事や武士の鍛錬として行われていた相撲が、庶民に向けた娯楽・興行として発展し、「大相撲」という形が確立されていきました。
1684年(貞享元年)に江戸で定期的な勧進相撲が認められたことが、現在の大相撲のルーツとされています。
③「国技」と呼ばれるようになった時期:明治時代(約115年前〜)
相撲が「国技」と呼ばれるようになったのは、明治時代(明治末期〜大正初期)にさかのぼります。
1909年(明治42年)、東京・両国に「国技館」が建設されたことをきっかけに、相撲は「日本の国技」として広く認識されるようになりました。
ただし、相撲が「国技」であることを定めた法律や公式な制度は存在せず、あくまでも慣習的・文化的な呼称として定着したものです。
相撲の起源を探る|神話と考古学が示すルーツ

相撲のルーツは日本の神話の世界にまでさかのぼります。
考古学的証拠と古代文献の両面から、相撲の起源を詳しく見ていきましょう。

古事記・日本書紀に記された「力比べ」の神話
日本最古の歴史書である『古事記』(712年)と『日本書紀』(720年)には、相撲の原型となる力比べの記述が残されています。
『古事記』では、国譲り神話の場面において建御雷神(タケミカヅチ)と建御名方神(タケミナカタ)が互いに力を競い合ったことが記されています。
一方『日本書紀』では、第11代垂仁天皇の御前で野見宿禰(ノミノスクネ)と当麻蹶速(タイマノケハヤ)が日本一の力士の称号をかけて相撲を取り、野見宿禰が勝利したという伝説が描かれています。
この野見宿禰と当麻蹶速の勝負が天覧相撲の始まりとされており、野見宿禰は相撲の神様として現在も各地の神社に祀られています。
参考:相撲の歴史・ルール・道具 – スポーツ辞典 – 笹川スポーツ財団

力士埴輪が証明する古墳時代の相撲
神話や伝説だけでなく、考古学的な物証も相撲の古さを証明しています。
古墳時代(4〜6世紀ごろ)の遺跡から発掘された力士埴輪は、当時の人々がすでに相撲に似た格闘を行っていたことを示す重要な証拠です。
これらの埴輪には、まわしを締めて組み合う力士の姿が描かれており、現代の相撲に通じるスタイルが古墳時代から存在していたことがわかります。
埴輪の出土地は関東・東海など広範囲に及んでおり、相撲が特定の地域に限らず、日本各地で行われていた可能性が高いとされています。
神事・農耕儀礼としての相撲の役割
古代の相撲は単なる格闘技や娯楽ではなく、神事(神への奉納)や農耕儀礼としての重要な役割を担っていました。
相撲節会(相撲の宮廷行事)では、相撲の勝敗がその年の農作物の豊凶を占うものとして位置づけられていました。
日本各地の神社では現在も「奉納相撲」が行われており、神への感謝や祈願を込めて相撲が奉納される伝統が続いています。
相撲が単なるスポーツ・格闘技の枠を超えた宗教的・文化的な意味を持っていたことが、約1500年以上にわたって連綿と続いてきた理由のひとつと考えられています。
【年表で解説】相撲はいつからどう変わった?時代ごとの変遷

相撲は約1500年以上の歴史の中で、時代ごとに大きくその形を変えてきました。
神事・農耕儀礼から宮廷行事へ、武士の鍛錬から庶民の娯楽へ、そして近代スポーツへと進化した相撲の歴史を年表形式でわかりやすく解説します。
| 時代 | 主な出来事 |
|---|---|
| 神話・古墳時代 | 建御雷神と建御名方神の力比べ(神話)。力士埴輪の出土(考古学的証拠)。 |
| 奈良・平安時代 | 宮廷行事「相撲節会」の成立。天皇の御前で相撲が執り行われる天覧相撲の開始。 |
| 鎌倉・室町時代 | 武士の鍛錬・奉納相撲として発展。各地の神社での奉納相撲が盛んに。 |
| 江戸時代 | 1684年、江戸での定期的な勧進相撲が公認。「大相撲」興行の確立。 |
| 明治〜昭和 | 1909年、両国国技館の建設。「国技」としての地位が確立。 |
| 現代 | 1958年、年6場所制の確立。外国人力士の参入・国際化が進む。 |
奈良・平安時代|宮廷行事「相撲節会」の成立
奈良時代(710〜794年)になると、相撲は宮廷の公式行事として取り入れられるようになりました。
毎年7月の七夕祭の際に天皇・貴族を前にして相撲が執り行われる「相撲節会(すまいのせちえ)」が成立し、国家的な行事として位置づけられました。
相撲節会では全国から強者が集められ、天覧相撲が行われました。この制度は平安時代(794〜1185年)にも継続して行われ、宮廷文化の一部として定着しました。
相撲節会の勝敗はその年の農業の豊凶を占うものとされており、単なる競技ではなく国家的な祭祀(さいし)としての意味合いを強く持っていました。
参考:相撲の起源は神話の時代?歴史や用語・作法をわかりやすく解説!
鎌倉・室町時代|武士の鍛錬と奉納相撲
鎌倉時代(1185〜1333年)に武家社会が成立すると、相撲は武士の鍛錬・戦闘技術として重視されるようになりました。
源頼朝が鎌倉幕府を開いた後、武士たちの間で相撲の稽古が奨励され、力の強い武士を育てる手段として活用されました。
室町時代(1336〜1573年)になると、神社仏閣での奉納相撲が各地で盛んに行われるようになりました。
また織田信長は相撲を好み、天覧相撲を催したとも伝えられており、戦国武将たちにとっても相撲は重要な文化として受け継がれました。
江戸時代|勧進相撲から「大相撲」興行へ
江戸時代(1603〜1868年)は、相撲が庶民の娯楽として大きく発展した時代です。
もともと神社仏閣の建立・修繕のための資金調達を目的とした「勧進相撲」が行われていましたが、次第に娯楽・興行としての性格が強まっていきました。
1684年(貞享元年)、幕府によって江戸での定期的な勧進相撲が公認され、現在の大相撲の直接的な原型が生まれました。
江戸時代後期には現在の相撲の基本的なルール(土俵の形、行司、呼出しなど)が整備され、現代の大相撲に通じる形式がほぼ確立されました。
参考:相撲の歴史は神話の世界まで遡る!?神話から現代までの移り変わり

明治〜昭和|国技館の誕生と近代化
明治時代に入ると、近代化・西洋化の波の中で相撲も大きな変革を迎えました。
1909年(明治42年)、東京・両国に「国技館」が開館し、相撲の専用施設が誕生しました。この際に相撲が「国技」と呼ばれるようになったとされています。
大正・昭和時代に入ると、1928年(昭和3年)にラジオ中継が始まり、相撲は全国の人々に届くメディアコンテンツとなりました。
1953年にはテレビ中継も開始され、相撲は日本全国に普及する国民的スポーツとして確固たる地位を築きました。

現代|年6場所制の確立と国際化
現在の大相撲のシステムが確立したのは昭和30年代のことです。
1958年(昭和33年)、年6場所制(1月・3月・5月・7月・9月・11月)が正式に導入され、現在まで続く大相撲の年間スケジュールが確立しました。
1980年代以降は外国人力士の参入が進み、モンゴル、ハワイ、ブルガリアなど世界各国出身の力士が活躍するようになりました。
2026年現在も大相撲は年6場所制を維持しながら、日本相撲協会のもとで伝統と革新を両立させつつ、国内外のファンに愛され続けています。
相撲の「いつから?」に答えるQ&A

相撲の歴史に関してよく寄せられる疑問に、Q&A形式でお答えします。
Q. 大相撲が「国技」と呼ばれるのはいつから?
Q. 大相撲が「国技」と呼ばれるのはいつから?
A: 1909年(明治42年)、東京・両国に「国技館」が建設されたことを機に、相撲が「国技」として広く認識されるようになりました。ただし、法律で「国技」と定めた規定は存在せず、あくまでも文化的・慣習的な呼称です。
Q. 横綱という地位ができたのはいつから?
Q. 横綱という地位ができたのはいつから?
A: 横綱の起源は江戸時代中期(18世紀後半)にさかのぼります。初代横綱・明石志賀之助の名前が伝えられていますが、現在公認されている初代横綱は谷風梶之助(1789年・寛政元年)とされています。横綱の呼称が一般化したのは江戸時代末期で、正式な制度として整備されたのは明治以降です。
Q. 外国人力士が活躍するようになったのはいつから?
Q. 外国人力士が活躍するようになったのはいつから?
A: 外国人力士が本格的に大相撲に参入したのは1960年代後半〜1970年代のことです。ハワイ出身の高見山大五郎(1964年入門)が外国人初の幕内力士として活躍し、その後1990年代以降はハワイ出身の曙・武蔵丸、2000年代以降はモンゴル出身の朝青龍・白鵬らが横綱に昇進するなど、国際化が急速に進みました。
Q. 女性が土俵に上がれないルールはいつから?
Q. 女性が土俵に上がれないルールはいつから?
A: 女性の土俵への立ち入りを禁じる慣習は、江戸時代ごろから強まったとされています。相撲が神事と深く結びついており、土俵を神聖な場とする思想から、女人禁制の慣習が形成されました。公式なルールとして文書化されたのは近代以降ですが、その根拠は神道的な考え方に基づいています。現在も日本相撲協会の規定として女性の土俵立ち入りは禁止されており、近年さまざまな議論が起きています。
Q. 現在の土俵の形になったのはいつから?
Q. 現在の土俵の形になったのはいつから?
A: 現在のような円形の土俵(直径約4.55m)が確立したのは江戸時代(18世紀ごろ)とされています。初期の相撲には明確な境界がなく、人垣や縄で囲んだ区域で行われていましたが、徐々に円形の土俵が標準化されました。屋根(つり屋根)を備えた現在の国技館の土俵の形式は昭和以降に完成したものです。
相撲の歴史を知ったら次はここへ!観戦・体験ガイド

相撲の奥深い歴史を知ったあとは、実際に観戦や体験を通して相撲の魅力を肌で感じてみましょう。
本場所の観戦から子どもの相撲体験、歴史を学べるスポットまで幅広くご紹介します。
本場所の開催時期と年間スケジュール
大相撲の本場所は年間6回開催されており、全国各地で行われます。
- 1月場所(初場所):東京・両国国技館
- 3月場所(春場所):大阪・エディオンアリーナ大阪
- 5月場所(夏場所):東京・両国国技館
- 7月場所(名古屋場所):愛知・ドルフィンズアリーナ
- 9月場所(秋場所):東京・両国国技館
- 11月場所(九州場所):福岡・福岡国際センター
各場所は15日間にわたって開催されます。チケットは日本相撲協会公式サイトや各種プレイガイドで購入可能です。
参考:日本相撲協会公式サイト
子どもが相撲を始められるのは何歳から?
相撲は子どものうちから始めることができる競技で、幼稚園・保育園年齢(4〜6歳ごろ)から体験・参加できるクラブや道場が全国に存在します。
全国の小学校の相撲部や地域の相撲クラブでは、低学年(6〜7歳)から基礎を学ぶことが可能です。
プロ(大相撲)の世界への入門については、日本相撲協会の規定により、中学校卒業以上(満15歳以上)かつ義務教育修了が条件となっています。
子どもの習い事として相撲を検討する場合は、地元の相撲協会や地域スポーツ団体に問い合わせてみましょう。
相撲の歴史を体感できるスポット
相撲の歴史をより深く体感できるスポットをご紹介します。
- 両国国技館(東京・墨田区):大相撲の聖地。併設の「相撲博物館」では江戸時代からの番付表・力士の肖像画・まわしなど貴重な資料を無料で見学できます。
- 野見宿禰神社(東京・中央区):相撲の祖神とされる野見宿禰を祀る神社。相撲の聖地のひとつです。
- 垂仁天皇陵・相撲発祥の地(奈良県):日本書紀に記された野見宿禰と当麻蹶速の相撲の舞台とされる奈良県。相撲の故郷として知られています。
- 相撲部屋見学(東京都内各所):一部の相撲部屋では朝稽古の見学を受け付けており、間近で力士の稽古を見ることができます(事前予約・確認が必要)。
まとめ|1500年続く日本の伝統文化「相撲」の魅力

この記事では「相撲はいつから始まったのか」という疑問に対し、神話の時代から現代まで相撲の歴史を時代ごとに解説してきました。
最後に重要なポイントを整理してまとめます。
- 相撲の起源は約1500年以上前の古墳時代にさかのぼり、力士埴輪や古代文献がその証拠となっている
- 古事記・日本書紀(712〜720年)に力比べの神話が記されており、野見宿禰と当麻蹶速の伝説が天覧相撲の始まりとされる
- 奈良・平安時代には宮廷行事「相撲節会」として国家的な行事となり、農耕儀礼としての役割も持っていた
- 江戸時代(1684年ごろ)に勧進相撲が公認され、現在の大相撲興行の原型が確立した
- 明治42年(1909年)に国技館が建設され「国技」としての地位が確立。1958年に年6場所制が導入されて現在の形になった
約1500年以上という長い歴史の中で、相撲は神事・宮廷行事・武士の鍛錬・庶民の娯楽・近代スポーツと姿を変えながらも、日本の文化の中心に居続けてきました。
その深い歴史と伝統を知ることで、テレビや国技館での観戦がさらに楽しく、奥深いものになるはずです。
ぜひ本場所の観戦や相撲博物館の見学を通じて、1500年続く日本の伝統文化「相撲」の魅力を肌で体感してみてください。


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