「国技」と呼ばれる相撲の世界で、なぜパワハラや暴力事件が繰り返されるのでしょうか。2007年の力士暴行死事件から2026年の現在に至るまで、相撲界では数多くの深刻な事案が明るみに出てきました。この記事では、過去の主要事件を年表形式で整理し、パワハラが起きやすい構造的な要因を分析。さらに被害を受けた際の相談窓口や対処法、安全な部屋選びのポイントまで、徹底的に解説します。
相撲界で起きた主なパワハラ・暴力事件【年表一覧】

相撲界では長年にわたり、パワハラ・暴力事件が繰り返し報道されてきました。
単発の問題ではなく、組織的・構造的な問題として認識することが重要です。
以下では、特に社会的影響が大きかった事件を時系列で解説します。
2007年|時津風部屋力士暴行死事件
相撲界のパワハラ問題を語るうえで、この事件は絶対に外せない最重大事案です。
2007年6月26日、名古屋場所の宿舎において、入門わずか数カ月の新弟子・時太山(本名:斉藤俊さん、当時17歳)が急死しました。
当初、日本相撲協会は急性心不全として処理しましたが、その後の再鑑定で2日間にわたる激しい集団暴行による死亡であることが判明しました。
当時の15代時津風親方は自らビール瓶で殴打し、兄弟子たちにも『お前らもやっていいから』と暴行を指示していたとされます。
この行為は『かわいがり』と呼ばれる相撲界の慣習として行われており、外部からは見えにくい閉鎖的な環境の中で起きた悲劇でした。
判決結果:15代時津風親方(山本順一被告)は傷害致死罪で懲役5年の実刑(最高裁で確定)。暴行に加わった兄弟子2人は懲役3年・執行猶予5年、もう1人も同様の判決を受けました。
この事件は、相撲界の閉鎖性と暴力体質を社会全体に知らしめた歴史的転換点となりました。
2017年|日馬富士暴行事件
2017年10月25日夜から26日未明にかけて、鳥取市内のラウンジで現役横綱・日馬富士関(当時33歳)が幕内・貴ノ岩関(当時27歳)に暴行を加えました。
発端は、貴ノ岩のLINEへの返信が遅かったことや、酒席での態度が無礼だと受け取られたことでした。
日本相撲協会の危機管理委員会による報告書では、素手での殴打が十数回に及び、貴ノ岩は全治約2週間の怪我を負ったと認定されました。
日馬富士関は同年11月に横綱を引退し、鳥取県警に傷害容疑で書類送検。罰金50万円の略式命令を受けました。
また、被害者側の師匠である貴乃花親方は、協会への報告が遅れたとして理事の職を解任されるという波紋を広げました。
この事件は横綱という最高位の力士が暴行事件を起こしたという衝撃に加え、協会内部の権力闘争も絡み合い、角界全体を揺るがす大事件となりました。
2018年〜2025年|その後の主な事案まとめ
日馬富士事件後も、相撲界での暴力・パワハラ事案は後を絶ちませんでした。
主な事案を以下にまとめます。
- 2018年:日本相撲協会が『暴力決別宣言』を発表し、暴力問題再発防止検討委員会(委員長:但木敬一元検事総長)を設置。
- 2020年:中川親方が弟子3人への暴言・暴力が発覚し、懲戒処分を受け中川部屋が閉鎖。弟子が密かに録音した音声が決定的証拠となった。
- 2023年:日本相撲協会職員3人がパワハラにより、出勤停止・降格などの処分を受けた(日刊スポーツ報道)。
- 2024年初頭:宮城野部屋で後輩力士への日常的な暴行が発覚し、幕内・北青鵬(当時22歳)が引退。師匠の元横綱・白鵬(宮城野親方)も監督責任を問われ師匠の立場を外された。
- 2025年2月:幕内・翔猿が付け人へのパワハラ疑惑を週刊誌に報じられる(翔猿本人は否定)。相撲協会が聞き取り調査を実施。
そして2026年2月には、角界最大の部屋を率いる元横綱・照ノ富士の伊勢ケ浜親方が、弟子の幕内・伯乃富士に暴力を振るったことが判明。親方自身が協会に自己申告し、春場所の休場措置が取られました。
このように、協会が改革を宣言した後も暴力事案は継続して発生しており、根本的な解決には至っていないのが現状です。
【図解】相撲界パワハラ事件年表(2007年〜2025年)
以下の年表で、相撲界における主要事件の流れを一目で把握できます。
| 年 | 事件・出来事 | 主な処分・結果 |
|---|---|---|
| 2007年 | 時津風部屋力士暴行死事件(時太山さん死亡) | 時津風親方:懲役5年実刑確定 |
| 2017年 | 日馬富士暴行事件(貴ノ岩に十数回殴打) | 日馬富士:横綱引退・罰金50万円 |
| 2018年 | 協会が暴力決別宣言・再発防止委員会設置 | 組織的改革を宣言 |
| 2020年 | 中川親方パワハラ発覚・部屋閉鎖 | 中川親方:懲戒処分・部屋解散 |
| 2024年 | 北青鵬が後輩への暴行で引退 | 北青鵬:引退、宮城野親方:師匠職停止 |
| 2025年 | 翔猿の付け人パワハラ疑惑 | 協会が調査(本人否定) |
| 2026年 | 伊勢ケ浜親方が弟子・伯乃富士に暴力 | 伊勢ケ浜親方:春場所休場措置 |
なぜ相撲界でパワハラが繰り返されるのか【3つの構造的要因】

個別の事件が繰り返される背景には、相撲界特有の3つの構造的要因が存在します。
それぞれを深く掘り下げることで、なぜ改革が進まないのかが見えてきます。
要因①:閉鎖的な部屋制度と絶対的な師弟関係
相撲界の基本単位は『部屋』です。力士は入門すると特定の部屋に所属し、師匠(親方)の指揮のもとで起居をともにしながら生活します。
この部屋制度は江戸時代から続く伝統ですが、現代においては深刻な問題を孕んでいます。
原則として移籍が認められないため、仮に師匠や兄弟子から暴力を受けても、力士はその部屋で耐え続けるか、相撲界を去るかの二択しかありません。
師匠は弟子の番付・収入・住居・引退後の就職先まで、あらゆる面に影響力を持ちます。
このような絶対的な権力関係のもとでは、弟子が師匠の不正行為を告発することは極めて困難です。
また、部屋内での出来事は外部から見えにくく、問題が表面化するまでに長期間かかることも多いとされています。
要因②:「厳しさ=愛情」という指導観の危険性
相撲界には長年、『厳しく鍛えることが弟子への愛情』という指導観が根付いています。
この発想は武道・格闘技の世界全般に見られるものですが、相撲界では特に強く残っているとされます。
問題は、この『厳しさ』の基準が客観的に定義されておらず、加害者側の主観で正当化されがちな点にあります。
時津風部屋事件でも、暴行は『かわいがり(稽古の一環)』として親方が指示していました。
また、かつてパワハラを受けた経験のある親方が、自分が経験したことと同じことを弟子にも行うという『負の連鎖』も指摘されています。
※スポーツ科学の観点からは、恐怖や痛みを利用した指導は選手の自立的成長を阻害し、長期的なパフォーマンス向上には繋がらないことが複数の研究で示されています。
要因③:通報・相談システムの機能不全
日本相撲協会は2018年以降、コンプライアンス委員会の設置や相談窓口の整備を進めてきました。
しかし、実態として通報が機能しにくい構造が依然として存在します。
2018年の暴力問題再発防止検討委員会の調査報告では、『師匠への事実報告はまれ』という実態が明らかになりました。
弟子が内部告発すれば、その後の相撲人生に影響が出ることへの恐怖が大きく、『沈黙』を選ぶケースが多いとされます。
中川部屋事件では弟子が録音によって告発に成功しましたが、これは例外的なケースです。
通報者保護の仕組みが不十分なため、被害者が声を上げるリスクが依然として高い状況が続いています。
「かわいがり」とは?伝統的稽古とパワハラの境界線

『かわいがり』とは、相撲界で古くから使われてきた言葉で、元来は先輩力士が後輩を可愛がり、厳しく鍛えることを意味していました。
しかし現代においては、暴力を伴う制裁行為の婉曲表現として使われることが問題視されています。
時津風部屋事件でも『かわいがり』という名目のもとに、実際は集団リンチが行われていました。
では、伝統的稽古とパワハラの境界線はどこにあるのでしょうか。
- 正当な稽古:技術習得を目的とした適切な負荷のトレーニング。相互の合意があり、身体的・精神的安全が確保されている。
- パワハラ・暴力:指導目的を超えた身体的苦痛の付与。感情的な怒りや制裁目的での暴力。相手が拒否できない状況での強制。
スポーツ庁が定めるガイドラインでは、『身体的・精神的苦痛を与える行為はすべてハラスメントに該当しうる』と明記されており、『伝統』という理由は免罪符にはなりません。
元三段目力士・琴貫鉄さんが佐渡ケ嶽部屋での『かわいがり』被害を告発するなど、近年は被害者が声を上げるケースも増えています。
重要なのは、どれほど伝統的と言われる行為でも、相手を傷つける行為は暴力であり、法律上の犯罪となりうるという認識を共有することです。
日本相撲協会のパワハラ対策と改革の現在地

2017年の日馬富士事件を大きな転換点として、日本相撲協会は組織的な改革に取り組んできました。
しかし、その実効性については賛否両論があります。
協会が実施している暴力根絶への取り組み
①暴力決別宣言(2018年10月)
八角理事長(元横綱北勝海)が7カ条からなる暴力決別宣言を発表。『いかなる暴力も許さない』という協会としての姿勢を明示しました。
②暴力禁止規程の策定
暴力禁止に関する明文規定を整備し、番付が上位の者には特に厳しく対処する方針を明確化しました。師匠・親方には更に強い責任が課されています。
③暴力問題再発防止検討委員会の設置
元検事総長・但木敬一氏を委員長とする第三者機関を設置し、組織の実態調査と改善勧告を実施しました。
④コンプライアンス委員会・研修の強化
協会員全員を対象とした意識改革研修を定期的に実施。ハラスメントの定義や禁止行為について継続的な教育を行っています。
改革は進んでいるのか?課題と今後の展望
一定の制度整備が進んだ一方で、依然として課題が山積しています。
【現状の課題】
- 2026年にも伊勢ケ浜親方の暴力事案が発覚しており、制度が整備されても事案はなくならないという現実がある。
- 処分の軽さ:親方クラスが暴力を行っても、実刑ではなく出場停止・降格にとどまるケースが多く、『大甘処分』との批判が絶えない。
- 通報者保護の不十分さ:内部告発した力士がその後キャリア上の不利益を被ることへの懸念が残っている。
- 部屋制度の根本的改革には踏み込めていない:移籍の自由化など、根本的な制度変更は検討されていない。
【今後の展望】
専門家の多くは、①移籍制度の弾力化、②外部監視機関の権限強化、③被害者保護の法整備、の3点が改革の鍵になると指摘しています。
また、スポーツ庁の暴力根絶取り組みとの連携強化や、第三者機関への権限付与も求める声が強まっています。
相撲界でパワハラ被害を受けたら?相談窓口と対処法

もし相撲界でパワハラ・暴力被害を受けた場合、一人で抱え込まず専門機関に相談することが最も重要です。
内部窓口と外部窓口を適切に使い分けることで、安全に問題を解決できる可能性が高まります。
日本相撲協会の公式相談窓口
日本相撲協会では、コンプライアンス委員会を通じた相談体制を整備しています。
- 日本相撲協会(代表):電話 03-3623-5111(東京都墨田区横網1-3-28 両国国技館内)
- 公式サイト:日本相撲協会公式サイトのお問い合わせフォームから相談可能
ただし、協会内部の窓口であるため、加害者が協会内の有力者である場合は利益相反が生じる可能性もあります。
その場合は、次に紹介する外部機関への相談を優先することをお勧めします。
外部の相談先一覧(法務局・スポーツ庁・弁護士)
被害者が安心して相談できる外部機関を以下にまとめます。
- 日本スポーツ協会(JSPO)暴力行為等相談窓口:スポーツ指導者からの暴力・ハラスメントに対応。JSPO公式サイトから申込可能。
- スポーツ庁(文部科学省)相談窓口一覧:スポーツ庁の暴力・ハラスメント根絶ページに相談窓口の一覧が掲載されています。
- 日本スポーツ振興センター(トップアスリート向け相談窓口):公式ページから相談員を紹介してもらえます。
- 法務局(みんなの人権110番):電話 0570-003-110(平日8:30〜17:15)。ハラスメント・人権侵害全般に対応。
- 弁護士への相談:日本弁護士連合会の法律相談窓口(電話 0570-783-110)を利用可能。初回相談が無料の弁護士事務所も多数あります。
被害を受けた時の初動3ステップ【証拠の残し方】
パワハラ・暴力被害を訴えるには、証拠の確保が非常に重要です。
以下の3ステップを実践してください。
- 記録をつける(日時・場所・内容・目撃者):被害を受けた日時・場所・加害者・行為の内容・目撃者をできるだけ早くメモ・スマートフォンに記録してください。後から記憶が薄れるため、当日中の記録が理想的です。
- 証拠を保全する:会話の録音(中川部屋事件でも録音が有効でした)、暴力による怪我の写真撮影、診断書の取得、ハラスメントに関するLINE・メッセージのスクリーンショット保存を行いましょう。証拠はクラウドや外部機器にバックアップして消去されないようにすることが大切です。
- 信頼できる人・専門機関に相談する:一人で抱え込まず、家族・友人など部屋の外の信頼できる人や、上記の相談窓口に相談してください。特に外部の弁護士・法律相談を利用することで、法的な対処法と自分の権利を知ることができます。
入門を検討している方へ:安全な相撲部屋選びのポイント

お子さんや自分自身の相撲入門を考えている場合、部屋選びは将来を左右する最重要事項です。
一度入門すると原則として移籍できない制度であるため、事前の情報収集と慎重な判断が必要です。
見学・体験時にチェックすべき5つのポイント
- 稽古中の雰囲気を直接観察する:見学が許可されている部屋では、実際の稽古を見学しましょう。怒鳴り声・暴力的な行為がないか、力士たちが萎縮していないか、生き生きと稽古しているかを確認してください。
- 師匠(親方)の指導方針を確認する:親方に直接、指導方針や暴力禁止への取り組みを聞いてみましょう。曖昧な回答や『厳しさは必要』という発言には注意が必要です。
- 過去の不祥事・処分歴を調べる:インターネットや新聞記事で、その部屋の過去の不祥事を事前に調べましょう。処分歴のある部屋かどうかは重要な判断材料です。
- OB・元力士の評判を確認する:その部屋の出身者の評判や、公開されているインタビュー・SNSでの発言を参考にしましょう。
- 日本相撲協会の取り組みを確認する:協会の暴力決別宣言に対して、その部屋が具体的にどのような取り組みをしているかを確認することも有効です。
「この部屋は避けた方がいい」危険サインとは
以下のような危険サインが見られる部屋は、入門前に慎重に再考することをお勧めします。
- 見学・外部との接触を極端に制限する:外部の目を嫌う閉鎖的な態度は、何かを隠している可能性があります。
- 過去に複数回の処分・不祥事がある:1回でも重大事案がある部屋は再発リスクが高く、特に複数回の場合は体質的な問題が疑われます。
- 『かわいがりは当然』という発言がある:暴力を指導の一部として正当化する発言は、パワハラ容認文化の証拠です。
- 在籍力士の離脱率が異常に高い:短期間で多くの力士が廃業・退団している部屋は、内部環境に問題がある可能性があります。
- 保護者や関係者との面談を断る:未成年者の入門に際して、保護者との十分な面談を拒否する部屋は信頼性に欠けます。
相撲界のパワハラ問題を深く知るための書籍・資料

相撲界のパワハラ・暴力問題をより深く理解するために役立つ資料を紹介します。
- 文部科学省・スポーツ庁『スポーツ団体のためのコンプライアンス・ハンドブック』:スポーツ団体がハラスメント防止に取り組む際の基準と方法を解説した公式資料。PDFダウンロード可能。
- 日本相撲協会『暴力決別宣言』:協会の公式スタンスと再発防止策が確認できる。公式サイトで閲覧可能。
- ヒューマン・ライツ・ウォッチ『数えきれないほど叩かれて:日本のスポーツにおける子どもの虐待』(2020年):国際的な視点から、日本のスポーツ界における子どもへの暴力・ハラスメントの実態を調査した報告書。相撲界の問題も含まれています。
- 週刊文春・週刊新潮などの調査報道:個別事件の詳細な経緯は、当時の調査報道記事が一次資料として有用です。ただし内容の正確性には注意が必要です。
まとめ:相撲界のパワハラ根絶に向けた今後の展望

本記事で解説してきた内容を振り返り、重要ポイントをまとめます。
- 相撲界のパワハラ・暴力事件は2007年から現在まで継続しており、構造的な問題が根底にある。時津風部屋死亡事件から日馬富士事件、そして2026年の伊勢ケ浜親方事案まで、改革宣言の後も事案は後を絶たない。
- 閉鎖的な部屋制度・絶対的師弟関係・「厳しさ=愛情」という誤った指導観・通報システムの機能不全という3つの構造的要因が、問題を繰り返させている。
- 「かわいがり」という名目の暴力は、いかなる伝統・理由があっても許されない。スポーツ庁のガイドラインや刑法上の傷害罪に抵触しうる犯罪行為である。
- 被害を受けた場合は、証拠を保全したうえで外部の相談機関を積極的に活用してほしい。日本スポーツ協会や法務局、弁護士など、複数の外部窓口が存在する。
- 入門を検討する際は、部屋の不祥事歴・師匠の指導方針・見学時の雰囲気など、複数の観点から慎重に判断することが重要。
根本的な解決には、移籍制度の柔軟化、外部監視機関の権限強化、被害者保護の法整備という制度そのものの改革が不可欠です。
伝統文化として相撲を守り続けるためにも、力士一人ひとりが安心して競技に専念できる環境を整備することが、協会・社会全体に求められています。


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